大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3014号 判決

原告

エヴェレット・オリエント・ライン・インク

右代表者副社長

ロス・ピー・タタム

原告

細野静子

原告

内外警備株式会社

右代表者代表取締役

清水祐三

右三名訴訟代理人弁護士

窪田健夫

下山田聡明

右三名訴訟復代理人弁護士

志水厳

枡本安正

原告

鈴江組倉庫株式会社

右代表者代表取締役

鈴江強

原告

株式会社八弘組

右代表者代表取締役

前原弘子

原告

横浜企業株式会社

右代表者代表取締役

吉川寅雄

原告

小野アヤ子

原告

小野弘子

原告

白鳥淳一

原告

杉本マサコ

原告

杉本由美子

原告

杉本和彦

原告

杉本政人

右和彦及び政人法定代理人親権者

杉本マサコ

原告

須永ミサエ

原告

須永恵子

原告

須永健一

原告

伊藤百合子

原告

高野高雄

原告

高野道子

原告

高野貞枝

原告

遠山恒子

原告

林忠治

原告

川村十治郎

右二〇名訴訟代理人弁護士

山下豊二

児島惟富

戸田満弘

右二〇名訴訟復代理人弁護士

村上誠

根岸隆

原告

大成火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

野田朝夫

右訴訟代理人弁護士

神田洋司

岡田一三

右訴訟復代理人弁護士

窪田健夫

土田耕司

被告

日本曹達株式会社

右代表者代表取締役

樫田邦雄

被告

日曹商事株式会社

右代表者代表取締役

樫田邦雄

右両名訴訟代理人弁護士

横地秋二

大塚利彦

大野正男

吉川精一

主文

一  被告らは各自、

1  原告エヴェレット・オリエント・ライン・インクに対し金二億八一二五万二三一七円、

2  原告細野静子に対し金四九五万二八四三円、

3  原告内外警備株式会社に対し金五六万六一六〇円、

4  原告鈴江組倉庫株式会社に対し金一七九六万八四六六円、

5  原告株式会社八弘組に対し金一五九万七二〇〇円、

6  原告横浜企業株式会社に対し金一六万九〇〇〇円、

7  原告小野アヤ子に対し金五二八万八四四〇円、原告小野弘子、同白鳥淳一に対し各金八一四万〇六三〇円、

8  原告杉本マサコに対し金七二二万七九三五円、原告杉本由美子、同杉本和彦、同杉本政人に対し各金七二一万八二一〇円、

9  原告須永ミサエに対し金二三〇万〇四六一円、原告須永恵子、同須永健一に対し各金七〇三万〇九七一円、

10  原告伊藤百合子、同高野高雄、同高野道子、同高野貞枝に対し各金二三三万九四七七円、

11  原告遠山恒子に対し金六四一万二一〇〇円、同林忠治に対し金一二二二万一八〇〇円、

12  原告川村十治郎に対し金四五万九六九一円、

13  原告大成火災海上保険株式会社に対し金一四〇万九六八一円、

及びこれに対する昭和四八年九月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし、被告らにおいて各金八〇〇〇万円の担保を供するときは、その被告は原告エヴェレット・オリエント・ライン・インクの仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、

(一) 原告エヴェレット・オリエント・ライン・インクに対し金三億〇一九七万七〇三一円、

(二) 原告細野静子に対し金九七三万三八二〇円、

(三) 原告内外警備株式会社に対し金五六万六一六〇円、

(四) 原告鈴江組倉庫株式会社に対し金三五八〇万六六八一円、

(五) 原告株式会社八弘組に対し金一六六万五六〇〇円、

(六) 原告横浜企業株式会社に対し金九七万六〇〇〇円、

(七) 原告小野アヤ子に対し金五四七万一一五〇円、原告小野弘子に対し金八一四万〇六三〇円、原告白鳥淳一に対し金八一四万〇六三〇円、

(八) 原告杉本マサコに対し金七三五万三五五三円、原告杉本由美子に対し金八〇七万四四七五円、原告杉本和彦に対し金八〇七万四四七五円、原告杉本政人に対し金八〇七万四四七五円、

(九) 原告須永ミサエに対し金三二二万〇〇三四円、原告須永恵子に対し金七七七万〇七三四円、原告須永健一に対し金七七七万〇七三四円、

(一〇) 原告伊藤百合子に対し金三〇八万六七五八円、原告高野高雄に対し金三〇八万六七五八円、原告高野道子に対し金三〇八万六七五八円、原告高野貞枝に対し金三〇八万六七五八円、

(一一) 原告遠山恒子に対し金一〇〇三万八三八〇円、原告林忠治に対し金一四四三万三九八〇円、

(一二) 原告川村十治郎に対し金三〇六万九五三七円、

(一三) 原告大成火災海上保険株式会社に対し金一四〇万九六八一円、

及びこれ(原告エヴェレット・オリエント・ライン・インクについては内金二億九三九七万七〇三一円)に対する昭和四八年九月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告エヴェレット・オリエント・ライン・インクは船舶を所有し物品の海上運送業務を営む会社である。

(二) 原告細野静子は本件事故で死亡した長岡幸重郎の子である。

(三) 原告内外警備株式会社は船舶その他の警備保障業務を営む会社である。

(四) 原告鈴江組倉庫株式会社は港湾荷役業務及び運送業務を営む会社である。

(五) 原告株式会社八弘組は港湾荷役業務を営む会社である。

(六) 原告横浜企業株式会社は艀寿邦丸を所有し、同船により港湾運送業務を営む会社である。

(七) 原告小野アヤコは本件事故で死亡した小野清の妻であり、原告小野弘子、同白鳥淳一は小野清の子である。

(八) 原告杉本マサコは本件事故で死亡した杉本直人の妻であり、原告杉本由美子、同杉本和彦、同杉本政人はいずれも杉本直人の子である。

(九) 原告須永ミサエは本件事故で死亡した須永豊の妻であり、原告須永恵子、同須永健一はいずれも須永豊の子である。

(一〇) 原告伊藤百合子、同高野高雄、同高野道子、同高野貞枝はいずれも本件事故で死亡した高野通の子である。

(一一) 原告遠山恒子は本件事故で死亡した林隆の妻であり、原告林忠治は林隆の父である。

(一二) 原告川村十治郎は本件事故当時艀寿邦丸の船長としてその業務に従事していた。

(一三) 原告大成火災海上保険株式会社は保険業務を営む会社である。

(一四) 被告日本曹達株式会社は化学薬品その他の化学製品の製造及びその販売を主たる業務とする会社である。

(一五) 被告日曹商事株式会社は被告日本曹達株式会社製造の化学製品等の販売を主たる業務とする会社であり、その資本金の一〇〇パーセントを被告日本曹達株式会社において所有している。

2  本件事故の発生

昭和四八年九月一九日午前一一時一〇分ころ、神奈川県横浜市中区新港埠頭八号岸壁に接岸し荷役作業中であつた原告エヴェレット所有のリベリア船籍の貨物船マノラエヴェレット号(五八五三トン)の第三番船倉上部中甲板内において、同中甲板後部に積付けられていた被告日本曹達製造のカルシウム・ハイボクロライテ(次亜塩素酸カルシウム、以下「高度さらし粉」という。)六〇〇ドラムが突然爆発し、引き続き火災を誘発し、第三番船倉中甲板内は火の海となり、その結果同中甲板内で荷役作業中であつた原告鈴江組作業員小野清、杉本直人、須永豊、高野通、原告八弘組作業員林隆、原告内外警備警備員長岡幸重郎の六名が焼死し、その他本船及び積荷に損害が発生した。

3  本件事故原因

本件事故は以下のいずれかの原因により発生したものである。

(一) フォークリフトの排気ガス等による蓄熱

本件事故は、倉内温度がかなり上昇していたのと高度さらし粉ドラムに直射日光が照りつけていたのとに加え、フォークリフトの行動範囲もしだいに狭められ、高温な排気ガスが絶えずドラムに吹きかかり、ドラム内の温度が上昇したため、高度さらし粉が自然発熱して急激に分解をはじめ、内装ポリエチレン袋が発火して爆発的に炎上し、高度さらし粉ドラムが連鎖的に爆発して付近の積荷により一挙に火勢が拡大したことによつて発生した。

(二) 被告日本曹達製造の本件高度さらし粉は、塩素含有量のばらつきが多く、衝撃に敏感で、熱にも弱く、不純物、異物等が混入していたため、自然分解、爆発を惹起し、本件事故を発生させた。

4  責任

(一) 被告日本曹達は本件事故を惹起させた高度さらし粉を製造し、被告日曹商事は被告日本曹達の子会社として同社製造の高度さらし粉の販売を行つていた。

(二) 高度さらし粉は容易に化学分解を起こし、その化学分解の際には塩素ガス、酸素、熱を放出し、急激な組織分解により爆発にいたることもある極めて危険な物質である。

(三) 被告らは高度さらし粉を製造販売するに際し、前記のような高度さらし粉の危険性を十分認識し、または認識できたにもかかわらず、以下のとおり、事故の発生を防止すべき注意義務を怠り、本件事故を発生させた。

(1) 高度さらし粉の流通過程における同製品の危険性の周知不徹底

被告らは高度さらし粉の危険性や取扱方法等を原告ら流通経路に関与する者に対して公表せず、漫然と放置した。そのため流通関与者において高度さらし粉の輸送方法につき何らかの対策を講じ危険を回避することができなかつた。

(2) 過去における同種の事故に対する調査不徹底及び被告日本曹達の高度さらし粉に対する実験ないしテスト不十分

被告日本曹達製造の高度さらし粉が船積された船舶上で数々の同種の爆発事故が発生しているにもかかわらず、被告らはこれに対して何らの調査もせず漫然と放置した。更に高度さらし粉に関する実験ないしテストは、本件事故により多数の死者を出し本件事故が海難審判で組り上げられるまでは十分なされていなかつた。そのため本件事故前に高度さらし粉に対する適切な事故防止対策を講ずることができず、本件事故を惹起させた。

(3) 危険なポリ袋の使用

本件事故にあつたドラム缶の中には危険なポリ袋が使用されており、内面塗装も規則上要求される基準を満たしていなかつた。これは高度さらし粉の分解速度を早め、分解が始まつた場合には可燃物として強力な火勢を発生する危険性を有し、そのため本件事故の被害を拡大させた。

(4) 高度さらし粉の輸送経路の実態調査不十分

高度さらし粉は工場を出荷してから種々の経路をとつて船積され外国まで海上輸送されるのだから、大量の高度さらし粉を輸出している被告らはその流通経路の実態を調査すべき義務があるのに全く無関心で放置していた。そのため、高度さらし粉が雑貨と混載されるという事故発生の危険性の高い状態を改善できず、本件事故を防止できなかつた。

(5) 関係法規の改正を促進させるべき義務の懈怠

本件事故当時高度さらし粉は規則上は単に「水とあつては危険」な物質とされていたのみであつたから、高度さらし粉の真の危険性を知る被告日本曹達はその危険性を関係官庁に報告し規則の改正を進めさせるべきであつた。被告日本曹達が高度さらし粉の強力な酸化性物質である特質を報告していたら、規則も改正され、高度さらし粉に対してより適切な取扱がなされ、本件事故を回避できたはずである。

(6) 誤つた分解温度の公表

高度さらし粉は摂氏七〇度くらいでも分解する危険性を有していたのに、被告らは分解温度を摂氏一八〇度と公表しその安定性を印象づけていた。そのため高度さらし粉の安易な取扱を助長し、本件事故を惹起させる原因となつた。

(7) 危険品を表示するラベルなしの出荷

高度さらし粉のような危険な製品を出荷する際に危険物であることを表示するラベルを貼付することはメーカーの基本的義務であるのに、被告日本曹達は右義務を怠り、本件事故発生以前約一〇年間にわたりラベルなしに高度さらし粉を輸出してきた。そのため高度さらし粉の危険性について十分な注意が払われず、本件事故を防止できなかつた。

(8) 高度さらし粉の品質管理不十分

本件事故原因が高度さらし粉の自然爆発である場合、前記の外に以下のような過失がある。即ち、被告日本曹達は高度さらし粉の原料及び製品に対する十分な検査、品質管理を怠り、そのため、本件高度さらし粉に、(ア)摩擦による感度が強すぎる(イ)衝撃に弱い(ウ)低温で分解する(エ)不純物・異物が混入している等の欠陥を発生させ、自然組織分解・爆発を惹起させた。

5  損害

(一) 原告エヴェレット 三億〇一九七万七〇三一円

(1) 鈴江組作業員五名の遺族に対する支払 八二〇〇万円

(2) 長岡幸重郎の遺族に対する支払 三〇〇万円

右(1)(2)は、昭和四九年二月一九日、同年七月一二日に原告エヴェレットと各遺族らとの間になされた示談契約により、各遺族らが被告らに対して有する損害賠償請求権を原告エヴェレットが譲渡を受けたものであり、各遺族らは、昭和五六年七月一六日の本件口頭弁論期日において右債権譲渡を被告らに通知した。

(3) 本船修理代金 一億二五七〇万円

(4) 右修理中の滞船損害 三二七二万一〇〇九円

(5) 本件事故後要した諸雑費 五〇五五万六〇二二円

(6) 弁護士費用 八〇〇万円

(二) 原告細野静子 九七三万三八二〇円

長岡幸重郎の年間収入は当時八九万九八〇〇円で、生活費を三分の一とし、就労可能年数を四・六年としてホフマン係数(四・三六四)により計算すると逸失利益は二六一万七八二〇円となり、これに慰藉料一二〇〇万円を加え、原告エヴェレットから受領した示談金三〇〇万円及び労災保険金一八八万四〇〇〇円を控除したもの。

(三) 原告内外警備 五六万六一六〇円

(1) 合同葬儀費用 四九万四一六〇円

(2) 遺族の旅費、宿泊費 七万二〇〇〇円

(四) 原告鈴江組 三五八〇万六六八一円

(1) 合同葬儀費用 三五四万三八六六円

(2) 香典 二〇〇万円

(3) 弔慰金 一二三〇万〇六〇〇円

(4) 事故原因調査費用 五〇万円

(5) 営業上の損害 一二八一万二二一五円

(6) 海難審判謄写代 七四万七八〇〇円

(7) 合同法要費用 六七万二二〇〇円

(8) 弁護士費用 三二三万円

(五) 原告八弘組 一六六万五六〇〇円

(1) 合同慰霊祭費用 四七万〇一六〇円

(2) フォークリフト焼失による損害 九七万七〇四〇円

(3) 本件事故後従業員が三日間服喪し、また葬儀のために休業した期間の従業員給料支払相当の損害 六万八四〇〇円

(4) 弁護士費用 一五万円

(六) 原告横浜企業 九七万六〇〇〇円

(1) 本件事故により原告所有の寿邦丸が損傷を受け六五日間操業できなかつたことによる損害 七四万七〇〇〇円

(2) 同船の修理費用 一四万円

(3) 同船船長川村十治郎の作業衣焼失による損害 九〇〇〇円

(4) 弁護士費用 八万円

(七) 原告大成火災海上保険 一四〇万九六八一円

全焼した印刷用女神インクの積荷に支払つた保険金

(八) その余の原告については別紙記載のとおり

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について(三)、(四)、(一三)ないし(一五)は認める。(二)、(七)ないし(一一)のうち、長岡幸重郎、小野清、杉本正人、須永豊、高野通、林隆が本件事故により死亡したことは認めるが、その余は不知。(一)、(五)、(六)、(一二)は不知。

2  同2のうち、原告ら主張の日時場所において火災が発生し、小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆、長岡幸重郎が死亡したことは認め、高度さらし粉が突然爆発し引き続き火災を誘発したことは否認し、その余は不知。

3  同3はいずれも否認する。本件火災原因は後記のとおり、原告ら作業員の粗暴な荷扱にあると考えられる。

4  同4は争う。

(一) 高度さらし粉に爆発性はない。高度さらし粉は酸化性物質のひとつにすぎず、一定条件下で急分解し発熱することはあつても、それ自体は燃焼すらせず、まして爆発はしない。高度さらし粉が可燃物と混合して爆発的な勢いで燃焼するのは酸化性物質に共通な性状であつて高度さらし粉に特有のものではない。

(二) 被告らに過失はない。

(1) 高度さらし粉の性質、取扱上の注意事項は、その発火、火災の危険性を含めて、イムコ・コード等の各種規則、一般化学文献、危険品有害物事前連絡表に記載されており、船会社や貿易商社には知られていたし、その専門的業務にたずさわる者として当然払うべき注意さえ払つていれば容易に知りえたものであるうえに、原告らにはそれを知るべき義務がある。被告らは、その周知につき可能な最大限の努力をしていた。

(2) 高度さらし粉の過去の事故例は、高度さらし粉が火災に偶然遭遇したものか、あるいはそれが火災の発生に寄与しているとしても、その取扱ないし積付の不良が原因であると考えられる。また船舶における事故の調査は船会社においてすべきであり被告らに調査義務はない。

(3) ポリ袋の使用は、加重包装として合法であるとともに、高度さらし粉がその分解源となる水、油、酸類と混触するのを防ぐ上で優れた効用があり、その使用が火災時に火の伝播速度を早めるとしても、他方で安全上極めて有用なのであるから、それを危険として非難することはできない。

(4) 高度さらし粉の輸送経路に関する実態調査は本件事故の原因とは無関係であるとともに、右調査義務は原告らにある。

(5) 本件事故において高度さらし粉が激しく燃焼したのは、その酸化性物質としての一般的な性状に基づくものであるところ、高度さらし粉が酸化性物質であることは公知の事実であり、このことは行政官庁も当然知つていたものである。

(6) 分解温度の公表は本件事故原因と責任の判断にとつて関係のないことであるが、原告らの主張はアンフェアである。なぜなら、被告らのいう摂氏一八〇度という温度は、高度さらし粉が瞬時に急分解を起こしうる温度であるのに対し、摂氏七〇度という温度は、理論上五〇キログラム入りドラムを無限時間同一温度に保持しなければ急分解に結びつかない蓄熱による急分解の限界温度であつて、両者は科学的、社会的意味を全く異にするからである。

(7) 高度さらし粉のドラムにラベルを貼付しなかつたことと本件事故原因とは関係のないことであるし、ラベルの貼付義務者は被告らではなく、荷送人である伸和通商である。

(8) 被告日本曹達における品質管理は、原料についても工程中についても、また製品についても決して不十分なものではない。しかも作業工程、最終製品の安全確認、本件の積荷経過、事故発生状況の各点から実証的、具体的に検討するならば、原告らの主張するような高度さらし粉の自然発火でないことは明白である。

5  同5は争う。

三  被告らの主張

1  本件事故原因

本件事故は、高度さらし粉のドラムが後記のような粗暴な荷役作業により壊れ、中から高度さらし粉が流出したうえ付近にあつたオイル等の有機物と混触し、そこにフォークリフトのタイヤのスリップによる摩擦熱等が加わつて発火したことにより生じたものである。

2  責任について

本件事故は原告らの以下のような過失によつて生じたものであるから、責任を負うべきは原告らであつて、被告らに責任はない。

(一) 現場作業員らが危険な作業を行つたことに関する原告鈴江組、同内外警備、同八弘組及び各従業員の責任

原告鈴江組、同内外警備、同八弘組の荷役作業員ら(小野清、杉本直人、須永豊、高野通、長岡幸重郎、林隆)は、危険物である高度さらし粉ドラム二個を他の荷物積付のための「お台場」として使用し、フォークリフトに大型木箱二個を積載し前方が見えない状態で経験の乏しい者に運転させたため、誤つてフォークリフトの左前輪をポンツーンデッキから落輪させ高度さらし粉ドラムを損壊転倒させ内容物を漏出させた。そして漏出した高度さらし粉を除去することなくフォークリフトの運転を継続したため、すでに油等と混触した状態にあつた高度さらし粉がフォークリフトのタイヤで摩擦され火災を引き起こした。このような作業方法が極めて危険なものであることは明らかであり、各作業員及び雇用者には責任がある。

(二) 原告エヴェレット及び同鈴江組の荷役作業計画作成上の過失

荷役作業は原告エヴェレット及び同鈴江組の責任者が作成した作業計画に基づき、かつその指揮監督の下に行われるものであるところ、適切な作業手順計画が立てられておれば、前記のような作業は行わなくてすんだはずであり、原告エヴェレット及び同鈴江組はこの点においても重大な過失がある。

(三) 船長及び原告エヴェレットの荷役作業監督責任

危険物船舶運送貯蔵規則によれば、危険物の船積はすべて船長の指揮監督の下に行われることになつており、船長又はその代行者は荷役作業に立ち会うべき義務を負つている(一一条)ところ、本件においては、本船マノラエヴェレット号のロハス船長は右義務に反し、自ら又はその代行者により荷役作業に立ち会うことをしなかつた。もし船長又はその代行者が荷役作業に立ち会つていれば危険な作業方法を中止できたはずであり、船長の立会義務違反は重大である。原告エヴェレットは船長の雇用者として船長が法令上の義務を履行するような指揮監督をする責任を負つており、船長の義務違反による責任を負担しなければならない。

(四) 原告鈴江組の作業員指揮監督懈怠責任

原告鈴江組は作業員の雇用者として労働安全衛生法上労働者の安全確保をする義務を負担し、また荷役業者として船会社及び積荷所有者に対し船体及び積荷に損害を与えないよう作業を行う義務を負つているのに、作業員らに作業上の注意を与えず、また作業中も危険な作業を中止させる措置を取らなかつた。

(五) 原告エヴェレット及び同鈴江組における安全管理体制の欠陥

原告エヴェレット及び同鈴江組は、高度さらし粉の性状につき関心を払わず一般貨物並みに扱つてきたばかりか、本件高度さらし粉の船積に際しては、原告エヴェレットの担当者が危険品有害物事前連絡表を受領しながらこれを原告鈴江組に交付するのを失念していた。

(六) 原告エヴェレット、同鈴江組、伸和通商らが高度さらし粉の危険性を知らなかつた責任

高度さらし粉は危険物船舶運送貯蔵規則、イムコ・コード、ブルーブック、CFR等危険物海上輸送に関する法規上「危険物」に指定されており、これらの法規には高度さらし粉の危険性及び取扱方法が記載されている。これらの法規は、船会社、船内荷役会社、荷送人等がその規定を遵守するよう制定されたものであるから右輸送関係者がその内容を知るべきことは当然である。また法規のみでは明らかでない事項があるならば、化学辞典等の文献その他による調査を行うべきである。海上輸送の専門家であり、これにより利益を得ている原告ら輸送関係者には危険物の性状及び取扱方法につき知る義務があるというべきである。本件事故は高度さらし粉の酸化性物質としての一般的性状が原因となつて発生したものであるから、原告らが高度さらし粉の性状及び取扱方法を知つていれば発生しなかつたはずである。したがつて、高度さらし粉の取扱上の注意事項を知る義務を怠り、粗暴な荷役作業により本件事故を発生させた原告らにその責任がある。

(七) 原告エヴェレットが退避場所、避難用具を準備しなかつた責任

本件事故の発生した三番ハッチは、事故発生当時、シェルターデッキヘの昇降設備は船尾側ハッチ口中央部のタラップと船尾側バルクヘッドの両舷側各一個のマンホールタラップがあったが、左舷側タラップのマンホールの口は閉鎖され通行できない状態にあつた。残る二ケ所のタラップは何れも船尾寄りで船首及び左右両舷寄りには全く通行路は存在しなかつた。また退避梯子等避難用具は何も用意されていなかつた。このことが六名の死者を出したことの一原因であることは明らかである。

3  免除等の主張

(一) 小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆の遺族らは、昭和四九年二月一九日に、長岡幸重郎の遺族は同年七月一二日に、いずれも原告エヴェレットとの間に示談契約を締結し、示談金を受領した。

(二) 遺族らは右示談契約により被告らに対する損害賠償請求権を放棄した。そこで被告らは昭和五六年五月二八日の本件口頭弁論期日において右放棄につき受益の意思表示をした。

(三) 仮にそうでないとしても、右示談契約は、遺族らにおいても、全損害について示談をなし、示談金額を超える損害賠償請求権があつたとしても、それは誰に対しても請求しないという絶対的免除をしたものとみることができる。したがつて、右示談契約における遺族らの原告エヴェレットに対する免除は、絶対的効力を有し、被告らにも効力が及ぶというべきである。

(四) 仮にそうでないとしても、遺族らは右示談契約に際し、被告らに対する一切の損害賠償請求権を原告エヴェレットに譲渡し、被告らに対する請求権を失つた。

4  責任割合に基づく分割責任の主張

(一) 危険物の海上輸送における被告らの責任の態様

本件においては、高度さらし粉の物品名、その性状及び取扱に関する必要な基本的情報は原告エヴェレットに到達しているのである。また右情報が到達している以上、更に一層詳しい情報が必要であつたとすれば原告エヴェレットも原告鈴江組も必要な法令(イムコ、ブルーブックなど)や化学辞典を調べることによつて容易に入手しえたのである。このような事実関係において、万一被告らにより詳しい情報提供責任があつたとしても、それは全く補充的、局部的なものにすぎない。

(二) 分割責任による負担割合確定の必要

本来原告ら(ただし過失責任のない原告横浜企業、原告川村十治郎、原告大成火災海上を除く)は相互間においてそれぞれ共同不法行為者として損害賠償請求をなしうるものであるところ、そのような請求を行なおうとせず、却つて、被告らに対してのみ原告ら各自の全損害を請求してきている。これは被告ら以外の共同不法行為者の責任を実質的に相互に免除し、被告らに対してのみ責任を追及しようとするものである。このような場合、衡平の見地から、また紛争の早期解決のため、被告らの責任割合に応じた額のみの賠償を求めうるにすぎないと解すべきである。

5  過失相殺

(一) 本件の事故は原告ら(但し、原告横浜企業、同川村十治郎、同大成火災海上保険を除く。)の前記過失が重なつて発生したものであるから、それらはすべて過失相殺の対象とされるべきである。

(二) 右各原告らは、一体となつて、相互の責任を追及することなく、被告らに対してのみ損害を請求しているので、このような場合、過失相殺の本質をなす衡平の観念からいつて、共同不法行為者にあたる右原告らの過失は共通して相殺されるべきである。

6  損益相殺

(一) 原告エヴェレットは本件火災事故について保険会社から船体損害保険金として一億二五七〇万円、人命損害費用として八五〇〇万円、共同海損手数料三一七四万円、共同海損積荷損失負担額三五〇三万九三八〇円、合計二億七七四七万九三八〇円を受領しているので右金員を損害額から控除すべきである。

(二) 遺族ら原告については、労働者災害補償保険から各原告が自認するもののほかに以下のとおりの給付が行われているから、それを損害から控除すべきである。

(1) 小野清関係 二五万二〇一〇円

(2) 杉本直人関係 二二万三七八〇円

(3) 須永豊関係 一九万三五一〇円

(4) 高野通関係 二二万五七三〇円

(5) 林隆関係 三二一万三七〇〇円

(6) 長岡幸重郎関係 一二万六五二〇円

また原告エヴェレット、同鈴江組からの弔慰金、香典についても損害額から控除すべきである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は否認する。本件事故原因は、前記のとおり、フォークリフトの排気ガス等による蓄熱に基づく爆発或いは高度さらし粉の自然爆発のいずれかである。

2  同2は争う。

(一) 高度さらし粉が本件事故のような爆発、火災を起こす可能性を有していたことは、被告主張の資料によつても一切知ることができなかつたから原告らに過失はない。

(二) 仮に本件事故原因が被告らの主張のとおりであつたとしても、本件事故の結果は原告らの予想を遙かに超えたものであつたから、原告らに責任はないというべきである。

(三) (原告鈴江組外一九名)

狭い船内で大量の貨物を積荷する場合には、一般に貨物をお台場にする方法が採られており、高度さらし粉ドラムに限られない。したがつてこれを粗暴な荷扱ということはできない。

(四) (原告エヴェレット)

マノラエヴェレット号は雑貨船であり、通常の雑貨船として中甲板及び下部船倉へ上り降りする固定式の梯子は有しているが、それ以外の梯子は持つておらず、またその必要もないのである。本船は船舶協会に規定された梯子、消火設備を有しており、本件のような爆発事故においてさえ数人の作業員が避難しえたのであつて、高度さらし粉の爆発がこの様に急速でなかつたら全員が助かつたはずである。

3  同3のうち遺族らが原告エヴェレットとの間に示談契約を締結したことは認めるが、その余は争う。遺族らは本訴提起の際、原告エヴェレットに対する債権譲渡の部分を除き右示談契約を合意解除した。

4  同4、5は争う。被告らの分割責任、過失相殺の主張は原告らに過失のあることが前提であるところ、原告らに過失の存しないことは前記のとおりであり、被告らの主張はいずれも前提を欠き失当である。

5  同6は争う。(原告エヴェレット)原告エヴェレットに対する保険は仮払方式でなされ最終的清算はされていない。本件のように将来損害賠償請求権を第三者に行使する可能性のある事故の場合、保険金額を貸金とし、被保険者が損害賠償請求権を行使して損害金を回収した時に保険会社に返済して最終的清算を行うのが海運界の慣行となつている。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者

当事者(請求原因1)については、(三)、(四)、(一三)ないし(一五)は当事者間に争いなく、(二)、(七)ないし(一一)中各人の死亡は当事者間に争いなくその余は〈証拠〉により認められ、(一)、(五)、(六)、(一二)は弁論の全趣旨及び記録上明らかである。

二本件事故の発生

昭和四八年九月一九日午前一一時一〇分ころ、神奈川県横浜市中区新港埠頭八号岸壁に接岸し荷役作業中であつた原告エヴェレット所有のリベリア船籍の貨物船マノラエヴェレット号(五八五三トン)の第三番船倉上部中甲板内において火災が発生し、小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆、長岡幸重郎の合計六名が死亡したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、昭和五四年三月二二日高等海難審判庁裁決のとおり、以下の事実を認めることができる。

1  機船マノラエヴェレットの船体構造等

マノラエヴェレットは、昭和四〇年九月に進水した三層構造の貨物船で、船橋の前部に四個の、また、後部に一個の貨物倉があり、第三貨物倉の上部中甲板は、長さ二一・五メートル幅一八・五メートル、船体中心部における遮浪甲板までの高さ三・一三メートル両舷側における高さ二・六七メートルであり、同甲板のほぼ中央にある長さ一二・七メートル幅七・五メートルの倉口は、前後に並べられた六枚のポンツーン型ハッチカバー(以下「ポンツーン」という。)を備え、その周囲に幅〇・七五メートルのランププレートによりなだらかな勾配がつけられ、倉口縁から前部隔壁まで四・一メートル後部隔壁まで四・七メートル両舷側まで各五・五メートルとなつていた。

上部中甲板から遮浪甲板への昇降設備は、倉口船尾側中央部に垂直はしごが、また、後部隔壁の両舷側から約五メートル中心線寄りのところにマンホール・ラダーがそれぞれ設けられ、各マンホール・ラダーでマストハウス内へのぼり遮浪甲板へ出られるようになつていたが、同ハウスの出口に取付けられていた鉄製ドアの左舷側のものは施錠され、さらに、上部中甲板上の前部及び後部各隔壁の両舷側にはそれぞれ隣接の第二及び第四各貨物倉に通じる減トン開口が設けられていたが、これら各開口はいずれも差し板をはめ込みくぎ付けされ、通行できないようになつていた。

本船は、フィリッピン及びリベリア各共和国政府発給の船長免許を有する船長アリグトン・D・ロザス、また、同じく一等航海士免許を有する一等航海士エデュアルド・P・スマヨなど全員フィリッピン人の乗組員によつて運行され、同四八年九月初旬神奈川県浦賀において定期検査及び修理工事を施行し、同月一五日午前八時四〇分ころ京浜港横浜区新港埠頭第八号岸壁に係留したが、二日続きの休日にあたつたため、荷役作業が行われないまま停泊することとなつた。

2  高度さらし粉の危険性及びこれに対する規則

高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウムを主成分とし、弱い塩素臭を有する白色の結晶粉末で、その純度を有効塩素量で表わし、主としてプール、浴場、上下水道及び食品飲料水工場等における殺菌消毒並びにパルプ、綿布及び洗濯工場における漂白に使用され、一般に分解温度が一五〇度ないし一八〇度といわれており、水が混入すると水和反応を起こし、発熱して温度が上昇し、機械油、グリース及びペイント等の油脂類や硫黄化合物等の還元性物質と接触することにより酸化発熱し、また、熱により急激に分解して爆発的に発火する危険性があるだけでなく、衝撃摩擦によつても同様に反応するものである。

しかして、被告日本曹達において製造される高度さらし粉は、有効塩素量が七〇パーセント以上のものがハイクロンと呼称され、その五〇キログラムがポリエチレン製の袋に詰められたうえ、径三四八ミリメートル高さ五四〇ミリメートル板厚〇・七ミリメートルの鋼製ドラムに納められているが、ドラムを運搬中に転がしたり、乱暴に取扱つたりすると、ふたの固定バンドが外れたり、胴体に損傷を生じたりして、高度さらし粉が外にこぼれることがあり、また、内装に有機物であるポリエチレン袋が用いられていたので、高度さらし粉が急激に分解した場合には発火するおそれがあつた。

高度さらし粉は、危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和三二年八月二〇日運輸省令第三〇号)においては、水または空気と作用して危険となる物質として危険物に指定され、船舶によりこれが運送される場合には、荷送人に対してはその容器、包装及び標札につき、また、船長に対してはその積載方法につき、それぞれ規制され、しかも、運送が国際航海に係る場合にあつては、容器、包装に品名を表示しなければならないことになつており、荷送人は荷送人の氏名または名称及び住所、危険物の分類、項目、品目及び品名、個数及び重量または容積等を記載した危険物明細書をあらかじめ船舶所有者または船長に提出しなければならないとされ、船長またはその職務を代行する者は危険物の船積、陸揚その他の荷役をする場合これに立会わなければならず、船積をする際には容器、包装及び標札がこの規則に適合し、かつ、危険物明細書の記載事項と合致していることを確認しなければならないことになつている。さらに、高度さらし粉に関し同規則には、空気中の水分により塩素臭を発して分解し、高温または直射日光に長くさらすと自然分解し、容器が破損するおそれがあり、食品、居室その他あらゆる人工熱源より十分遠ざけること、亜鉛内張りした鋼製ドラムを水密に密封すること、標札としてIマークを使用すること、また、甲板上カバー積載、甲板上案内積載、甲板間積載、倉内上積積載または倉内熱気隔離積載とすることなどが規定されている。

港則法においては、危険物を積載した船舶は、港長の指定した場所でなければ停泊し、または停留してはならない旨及び船舶は、危険物の積込、積替または荷卸をするには港長の許可を受けなければならない旨が規定され、同法施行規則別表第三の水または空気と作用して危険となる物質の中にさらし粉は除外されている。

消防法においては、塩素酸塩類及び過塩素酸塩類が危険物、また、亜塩素酸塩類が準危険物としてそれぞれ指定されているが、次亜塩素酸カルシウムを主成分とする高度さらし粉は、危険物または準危険物として指定されていない。

しかるに、高度さらし粉は、その分解温度が第一類危険物である塩素酸ナトリウム及び塩素酸カリウムの各分解温度より低く、比較的低温で分解して酸素を放出するから、有機物の共存によつて発火する可能性があるので、危険物または準危険物として指定されていないが、分解温度が低いということから、むしろ危険度が高くなるとも考えられる。

3  高度さらし粉の危険性に対する各当事者の認識

原告鈴江組は、一般港湾運送、船内荷役、はしけ運送及び沿岸荷役の各事業に携つており、船舶荷役部海務一課では船内荷役及び港湾作業に対する計画、折衝、指揮監督及び連絡に関する事項、船内及び沿岸各作業員、機械及び荷役道具の指示手配に関する事項、乙仲及びはしけ業者との連絡事項並びに作業中の貨物事故に対する処理に関する事項等の業務を処理していた。

同原告は、高度さらし粉の荷役作業をいくたびか経験していたのに、これが水、熱等により分解し爆発的に発火する危険性のあることを認識せず、また、社内における安全教育も十分に実効をあげることができなかつた。

訴外野口光康は、同原告の船舶荷役部海務一課に所属するフォアマンで、本船側と作業の手順を打合わせたり、荷役用機械及び器具を手配し、船内作業員を指揮するなどして荷役作業を円滑に遂行する職責を有する者であり、かつ、船内作業員に対する労働災害防止のため、安全衛生管理者に選任されていたが、高度さらし粉の危険性については、衛生上有害なものである程度のことしか知らず、これが水、熱等により分解し爆発的に発火する危険性のあることを知らないまま積荷役の作業に従事し、高度さらし粉のドラムを荷受台として使用するなどさせていた。

原告エヴェレットは、高度さらし粉を十数年来取扱つていたにもかかわらず、これが危険物船舶運送及び貯蔵規制の別表第六に定める水または空気と作用して危険となる物質に指定されていたことと、衛生上有害なものであるという程度のことは知つていたが、水、熱等により分解し爆発的に発火する危険性のあることについて全く知らない実情であり、また、危険品・有害物事前連絡表が危険物の運送に極めて重要な役割を果すものであつたのに、これが取扱については格別の注意を払わず、事故の防止と安全の確保とに対する心構えは十分でなかつた。

訴外藤田泰久は、同原告横浜支店海務部海務課に所属する係長で、船舶の入出港手続、荷役関係の連絡業務などに就いていたが、高度さらし粉が水、熱等により分解し爆発的に発火する危険性のあることについて深い認識をもつていなかつたので、高度さらし粉を本船に積載する場合、同原告業務部第一課から回付された危険品・有害物事前連絡表を原告鈴江組に送付しなかつた。

訴外伸和通商は、長年にわたり高度さらし粉の輸出業務に従事していたが、高度さらし粉が危険物船舶運送及び貯蔵規則に定める危険な物質であり、同規則に示される容器、包装及び標札(以下「Iマーク」という。)によらなければならないことを知つていながら、同規則を遵守することなく、商取引のつごうにより高度さらし粉のドラムに商品名、製造者名及び商標を貼付しないいわゆるニュートラルパッキングとするよう被告日本曹達に指示していたので、同被告は、これをノーラベルと解し、Iマークまでをも貼付しないまま発送していたが、伸和通商においては、当然Iマークのみは貼付されているものと思い、これを確かめていなかつた。

被告日本曹達は、ソーダ薬品、無機及び有機各薬品を製造販売する企業で、ハイクロンが主要な輸出商品であり、その取扱については消防法における第一類危険物と同様に注意すること及び水の侵入により分解が誘発されることなどを示したパンフレットを関係の向きに配布していたが、同被告としては、高度さらし粉の性質とくに発火の危険性について最もよく認識していたのであるから、流通経路に関与する各業者に対し、その取扱の万全が期せられるよう、火気に接触させないこと、有機物、還元剤、酸等と接触混合させないこと、直射日光を避けること、人工熱源から遠ざけること及び高度さらし粉が急激に分解した場合災害を引起こすおそれのあることを理解させるなどその危険性についての周知徹底を十分に尽すべきであつたのに、これをしていなかつた。このため、船内作業員及び輸送関係者間において、高度さらし粉の危険性が軽視され安易な取扱がなされるにいたつた。

また、すでに多数の船舶において高度さらし粉による火災が発生し、尊い人命が失われ、船舶及び積荷に大きな損害が生じるなどの海難が続けて起きていたが、同被告は、この種火災の原因を究明するとともに、高度さらし粉の危険性について周知徹底を尽すべき努力が十分でなかつた。

被告日本曹達二本木工場は、高度さらし粉の危険性を考え、消防法における第一類危険物に準じて注意を払うよう取扱上の規定及び基準を定めていたが、昭和三七年四月七日高度さらし粉が倉庫内で火災を起こし、また、同四〇年五月一日横浜港ふ頭において高度さらし粉が爆発を生じるなどの事故が発生したので、高度さらし粉の安定性を高めるように努めていたものの、同工場においては、いつたん急激に分解すると爆発の危険が生ずるおそれのあることに対し、危険防止のための努力が十分でなかつた。

昭和四一年七月被告日本曹達は、主として輸出部門を受持たせるため、子会社である被告日曹商事に貿易部を発足させ、引続いて伸和通商と高度さらし粉の取引を行わせていたところ、伸和通商からニュートラルパッキングの指定があつた場合、これをノーラベルと解し、Iマークも貼付しないものと理解していたので、高度さらし粉のドラムに一切のラベルを貼付することなく裸の姿のまま発送していた。

訴外加藤貞雄は、被告日本曹達海外事業部長で、主として高度さらし粉の輸出を担当するほか、海外における新規事業の計画、検討も行つており、輸出に関して総代理店である被告日曹商事を指導する立場にありながら、高度さらし粉がノーラベルのまま出荷されていた経緯については全く知らず、さらに、部下職員に対する指導監督が十分でなく、流通経路に関与する各当事者にその危険性を明示するとともに、安全な取扱が行われるよう、周知徹底について努力が十分になされなかつた。

なお、本船側においては、高度さらし粉という危険物が積込まれるにあたり、ロザス船長及びスマヨ一等航海士は、高度さらし粉の危険性について認識をもつていたのであるから、両人としては、これに立会つてこの危険物の容器、包装及び標札を確認し、これが移動、転倒及び圧壊などを生じないよう、同危険物により災害が発生しないよう十分な注意を払い、積荷役関係者と慎重に協議し、積荷場所及び方法について検討を加え、一般の雑貨との混載を禁止することはもとより、災害時における安全通路及び避難用具を確保するなど船内作業員の人命の安全を図るべきであつたのにこれを十分にしていなかつた。

4  高度さらし粉の輸出及び積荷役の状況

昭和四八年八月下旬タイ国バンコク市のタンセンハート社の社長が来日した際、被告日本曹達においてハイクロン六〇〇ドラムを輸出する商談が成立し、長年タンセンハート社と高度さらし粉の取引関係があつた伸和通商は、同月二七日タンセンハート社と売買契約書を取交わし、被告日曹商事に対しニュートラルパッキングで出荷するよう要求したところ、これを受けた同被告は、ノーラベルとするよう被告日本曹達に連絡したので、同被告においては、受注簿にノーラベルと記入したうえ二本木工場に出荷を指示した。

その後伸和通商は、原告エヴェレットに船積を依頼するとともに被告日曹商事に対し通知したので、同月二九日被告日本曹達海外事業部は、二本木工場にあてて出荷指図書を発送したが、同書面中にもとくにノーラベルと記入して指示した。

二本木工場においては、すでに同年七月二四日及び同月二七日に製造し、ノーラベルのドラムに詰めたハイクロンの在庫があつたので、同年八月三一日及び翌九月一日貨車にドラムを積込み発送し、同工場総務部業務課から出荷指図書が被告日曹商事の乙仲である訴外新和企業あて郵送されたが、同書面中にもノーラベルと記載されていた。

同月一日及び三日新和企業は、横浜市山下ふ頭日通倉庫に到着したハイクロン六〇〇ドラムを受取つて同倉庫に保管し、ついで、同月一四日原告エヴェレット横浜支店あて危険品・有害物事前連絡表三部を送付した。

原告エヴェレット業務部第一課は、同連絡表及びカーゴレシートを受領し、同レシートにセミ・ハザーダスカーゴというゴム印を押し、これらを一括して海務課に渡し、同課は、前示書類のほか船積指図書、積荷目録及びブッキングリストなどが回付されたので、積荷中に危険物があり、危険品・有害物事前連絡表が添付されているのを認めたが、これが取扱について深く留意せず、同連絡表を原告鈴江組に送付することを忘れていた。

同月一七日朝原告鈴江組の安全衛生管理者は、同原告沿岸作業組の作業員がハイクロンを受取るため新港ふ頭八号岸壁に赴く際、出発にあたり労働災害防止のための危険物取扱に関する注意を与えなかつたが、同日午前八時三〇分ころ同作業員は、トラックにより運ばれてきた六〇〇ドラムを受取つたうえ、これに雨水や直射日光が当たらないようシートカバーをかぶせてロープで固縛するなどして同岸壁に並べ、同日夕刻にいたり作業を終了した。

いつぽう、同日午前八時三〇分原告鈴江組の船内作業員により第四貨物倉から積荷が開始され、同日午後九時ころにいたり第三貨物倉上部中甲板の荷役にかかり、ポンツーンの両舷側に鋼棒及び山形鋼合計約八〇トンを積載し、その上にマニラ麻二五〇ベールを重ねて積み、翌一八日午前四時いつたん作業を中止し、同八時三〇分マニラ麻の積込みを再開し、同一一時三〇分までに合計五五〇ベール約五六トンを天井まで積上げ、引続き仏像など雑貨一〇箱三トンをポンツーンの船首側に積込んだが、同日午後一時五〇分ころ雨となつたため作業を中止した。

翌一九日午前八時一五分ころ野口は、本船にいたつてスマヨ一等航海士からストウェージプランを見せてもらい、そのうちにセミ・ハザーダスカーゴとなつている高度さらし粉のあることを知つたが、とくに危険性を有するものとは考えず、これを雑貨程度に思い、しかも同航海士から高度さらし粉の積付けについて格別の注意を受けなかつたので、これに深く留意しなかつた。ついで、船内荷役作業班長二本木留吉を作業責任者とし、組長小野清、同大座畑常安、作業員杉本直人、同高野通、同須永豊、同飯島光博、同白岩正男、フォークリフト運転手林隆ほか作業員六人合計一五人は、いずれもシャツ姿のまま作業ズボン、ヘルメット、安全靴及び皮手袋を着用し、送迎用バスで船側岸壁に到着したが、途中車内で積付け貨物のうちに高度さらし粉のあることを知つたものの、その危険性について認識がなく、かつ、出発にあたり安全衛生管理者からなんら注意を受けなかつたので、とくに留意することなく、同時三〇分ころ各貨物倉に入つて作業を開始した。

第三貨物倉上部中甲板における荷役作業は、内燃機関付フォークリフトを用いて行われ、まずアルミシート約一〇トンを左舷後部に積付け、ついで高度さらし粉のドラムが積込まれることとなつたが、ドラムは、八号岸壁に前示のとおりシートカバーをかけて積重ねてあつたもので、晴天のためシートカバー取外し後直射日光を浴びることとなつた。

船側まで運ばれたドラムは、二パレットずつもつこでつり上げられ、第三貨物倉上部中甲板ポンツーン上に降ろされたのち、倉内の作業員が内燃機関付フォークリフトを用いて船倉船尾側へ左右舷交互に選び、転がしたり、きどつたりしながら舷側から順次二段に積重ね、これと並行して合成樹脂五パレットを左舷に、また、合成ゴム二八六箱及び印刷用インキ一〇八カートンをそれぞれ分けて両舷に、いずれもドラムの上に積重ね、その後ドラムを後部隔壁寄りに二段に、また、ポンツーン寄りに一段にそれぞれ積み、同一〇時三〇分ころ六〇〇ドラムの積込みを終了したが、当時倉内の温度がかなり上昇しており、高度さらし粉のドラムには直射日光が照りつけ、加えてフォークリフトから排出される高温ガスが吹きかかる状況であつた。

5  火災発生の事実及びその結果

その後も前示のとおり各種貨物の荷役作業が並行して続けられ、ドラム最前列とポンツーンとの間の左舷寄りのところに高度さらし粉のドラムを二本並ベダンネージを載せて荷受台を作り、これを利用して重量物の積込みを行い、最終作業として、杉本作業員の誘導により、林運転手が七〇〇キログラムのボルトナット入り木箱の上に一〇〇キログラムの機械部品入り木箱を載せ、フォークリフトを運転して荷受台に向かつて進行し左舷寄りのドラムの上に積上げようとし、小野組長と高野作業員とが荷受台の奥の右舷寄りのドラムに乗り、杉本及び須永各作業員が左舷寄りのドラムの上で同木箱を受け取ろうとしていたとき、右舷側の作業を終え同側のドラムの上で汗をふいていた飯島作業員は、林運転手が発したただならぬ声を聞くと同時にフォークリフト付近に閃光の走るのを認め、また、右舷側マンホール・ラダーから遮浪甲板に上がろうとしていた白岩作業員は、荷受台から船尾方へ三列目ぐらいのドラムから高さ二メートルばかりの火柱が立つのを認め、同僚に「逃げろ。」と声をかけて同ラダーを駆け上がり、飯島作業員がこの後に続き、同一一時五分ころ第三貨物倉後部コーミング付近に辿り着いたとき高度さらし粉のドラムが連鎖的に爆発し、付近の積載貨物に延焼して同倉が火災となつた。

当時天候は晴で、風力三の北風が吹いていた。

そのころ野口は、船橋楼左舷前部のチェッカールームの丸窓から前方を見た際、第三貨物倉後部左舷の通風筒から白煙が立ちのぼつているのに気づき、同倉に異変が起きたと直感し、藤田とともに同室を飛び出したところ、同倉口から通風筒よりも高く火柱が上がつたのを認め、舷梯近くの電話のところにいたり、会社に火災の発生を報告し、急ぎ岸壁に退避して作業員の人数の確認を行つた結果、六人が行方不明となつており、同倉内の警備に当たつていた警備員長岡幸重郎も含まれていることを知つたが、そのころ同倉からは黒煙が立ちのぼり、火災がマストの高さまで上つている状況で、火勢が強く、救出にあたることができなかつた。

白岩作業員は、遮浪甲板に退避し、二本木班長及び大座畑組長とともに第三貨物倉右舷側を通り抜けて舷梯から岸壁に退避し、同僚からヘルメットやシャツに白い粉がかかつていると知らされ、また、飯島作業員は、顔に白い粉が付着していたので、手でこれを払いのけた。

二本木班長は、第三貨物倉付近の遮浪甲板で作業に従事中、同倉内からの大きな声を聞き、驚いて船首方に逃げ出したが、逃げ場がないので、大座畑組長とともに逆行し舷梯から岸壁に退避した。

なお、同倉左舷側で作業に従事していた小野組長、杉本、高野及び須永各船内作業員、林運転手並びに長岡警備員は、左舷側マンホール・ラダー出口が施錠されていたばかりでなく、同倉上部中甲板から隣接の前部及び後部各貨物倉に通じる減トン開口が通行できないようにしてあり、しかも、同倉内に遮浪甲板へ上がるなわばしごをつり下げて置くなど緊急時における準備がなされていなかつたため、倉外へ脱出することができず、船首方に積重ねてあつた雑貨のかげに逃げた。

スマヨ一等航海士は、第三貨物倉からの爆発音を聞くとともに同倉後部から火災が噴き上がり、黒煙が立ちのぼつているのを認めたので、直ちに昇橋して火災警報を鳴らし、ロザス船長の指揮を受け、乗組員とともに消火作業に従事したが、煙と熱気で同倉に近寄ることができなかつた。

同一一時二五分ころ消防自動車が駆けつけ、また、消防班をはじめ引船が来援してそれぞれ消火活動に努め、同時四〇分ころようやく火災は鎮火した。

火災の結果、第三貨物倉上部の遮浪甲板が全面にわたり最大三〇〇ミリメートルばかり膨出し、同倉上部中甲板後半部と左舷側外板とがいずれも凹損し、第二、第三貨物倉間ウインチテーブルが曲損し、高度さらし粉のドラムが爆発により変形してふたが飛び散り、フォークリフトが焼損した木箱を載せたまま停止しており、また、小野組長、杉本、高野及び須永各船内作業員、林運転手並びに長岡警備員の六人は、いずれも同倉内船首側貨物付近で焼死した。

6  本件発生後における防災対策

被告日本曹達は、本件が発生した直後、社内に横浜事故対策委員会を設けて原因の究明に努め、同被告二本木工場において高度さらし粉の分解、摩擦感度及び落つい各試験並びにドラムの落下、突刺し及び引ずり各実験を実施し、港湾労働災害防止協会に協力して事後の対策を進め、高度さらし粉の容器を改造し、同容器に貼付するラベルを和文のものに改め、品名及び取扱等の表示をわかりやすくするなどの改善措置を講じ、また、港湾労働災害防止協会は、本件発生後、直ちに対策を協議し、さしあたり高度さらし粉の荷役作業を中止することに決定し、港湾地区在庫の高度さらし粉ドラム約一七、五〇〇本の調査を行い、容器の破損したものを含めて大部分を製造者に引取らせ、また、輸送方法の改善を図るため、コンテナ詰めによる模範荷役を実施し、さらに、コンテナ不向きの地域にはワイヤバンドパレット方式を考案し、いつぽう、荷役関係者に対して化学薬品についての講習会を開催するほか、港湾荷役実施要領を作成し、危険品、有害物の取扱基準を示し、これに準拠して作業を進めるよう指導を行つた。しかして、本件が発生したのち、昭和四九年五月二一日労働安全衛生規則の一部が改正され、同規則第四五五条の危険物に「(高度さらし粉等危険物に準ずる物を含む。)」を加え、ついで、翌五〇年一月一四日労働安全衛生法施行令別表第一の一部が改正され、同表第三号に「6次亜塩素酸カルシウムその他の次亜塩素酸塩類」を加入し、同規則第四五五条の危険物に指定されるとともに、同条の「(高度さらし粉等危険物に準ずる物を含む。)」が削除され、いずれも同年一〇月一日から施行された。

以上のとおり認められ、〈証拠〉はこの認定を覆すに足りず、他にこの認定を左右すべき証拠はない。

三本件事故原因

以上認定の事実関係及び前掲各証拠によれば、高度さらし粉の積付け場所付近で発火が起こり、高度さらし粉が爆発し火災を生じたものと認められ、発火の原因となる諸条件については、昭和五四年三月二二日高等海難審判所裁決の以下の認定判断を首肯することができ、当裁判所も以下のとおり認定判断する。

高度さらし粉のドラム外への漏出については、高度さらし粉の危険性が軽視され取扱が安易になされていたと考えられることから、荷役中高度さらし粉が漏出したとも考えられ、フォークリフトの運転が思うようにならず、爪によりドラムを突刺してドラム本体を破損させたか、もしくはドラムを横倒しにさせたかしたため、高度さらし粉が漏出したとも考えられる。

雨水などの混入については、本件高度さらし粉のドラムが新港ふ頭八号岸壁に積まれたのち、同岸壁において作業に従事した作業員が危険物の取扱に関し安全衛生管理者からなんら注意を受けていなかつたことと、高度さらし粉のドラムにIマークが貼付されていなかつたことから、その危険性が軽視され取扱が安易となつてドラムのふたが弛緩し、雨水がドラム内に浸入しなかつたとはいい難く、したがつて、降雨の際の雨水が高度さらし粉に接触した可能性についても考えられないことはない。

フォークリフトの排気ガスについては、本件が発生する直前までの約二時間半にわたり、フォークリフトを使用して積荷作業が続けられていたので、高温な排気ガスが至近の距離から絶えず高度さらし粉のドラムに吹きかかつていたと考える場合には、フォークリフトの排気ガスにより、高度さらし粉の分解を進行させるおそれもあつたことを否定できない。

ポリエチレン袋については、ひとたび高度さらし粉が分解しはじめるとポリエチレン袋との結合により発火が促進することは明らかである。

フォークリフトからの漏油については、当時甲板上にはフォークリフトから垂れ落ちたところの油脂類が存在していた可能性もある。

フォークリフトの車輪による摩擦については、これが生じた疑いもあると考えられる。

高度さらし粉への不純物または異物の混入については、その原料の段階における品質管理はもとより、製造過程中及び製造後における品質管理が万全であつたとはいいがたく、本件において不純物または異物の混入がなかつたとの確証はえられない。

(なお、前掲乙第一〇号証によれば、横浜地方海難審判庁が行つた検査のマノラエヴェレットについての検査調書中にマッチの燃えさしが見受けられた旨の記載があるが、この検査は本件発生後一年近く経過した昭和四九年八月二二日に行われたものであつて、右事実からタバコやマッチが火源となつた可能性を考えることはできない。)

高度さらし粉の発火にかかわる諸条件については、以上のとおりであるが、高度さらし粉は、不純物を含有すると分解温度が著しく低下し、水の混入により水和反応を起こして発熱し、油脂類や硫黄化合物等の還元性物質と接触すると酸化発熱し、また、熱により急激に分解して爆発的に発火するだけでなく、衝撃摩擦によつても容易に反応するなど危険な特性を有する物質であることを考えると、本件火災が発生するにいたつた原因は、前示諸条件のうちいくつかが相互にかかわり合つたことにあると認められる。

本件事故原因につき、原告らはフォークリフトの排気ガス等による蓄熱に基づく爆発或いは高度さらし粉の自然爆発のいずれかであると主張し、被告らは原告ら従業員の粗暴な荷扱にあると主張するが、そのように断定するに足りる的確な証拠はない。

四責任

1  高度さらし粉の危険性

高度さらし粉の危険性は前記認定のとおりであるが、これについては、〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

(一)  高度さらし粉は次亜塩素酸カルシウム約七〇パーセントを含有する化学薬品で、主として水道やプールの消毒剤として世界的に広く使用されている。高度さらし粉は、濃厚な石灰乳に塩素を作用させ、主として次亜塩素酸カルシウムの三水塩を結晶化析出させ、これを分離、乾燥させたものである。市販品は白色の顆粒状で、塩素に似た特有の臭気をもつている。これをポリエチレン袋の中に入れ、この袋を直径三八・二センチメートル、高さ四六センチメートルの鋼製円筒ドラムに収納しており、内容量は五〇キログラムである。高度さらし粉は塩素酸塩の一つなので、強い酸化剤として作用し、加熱、摩擦、衝撃などによつて比較的容易に分解して酸素を放出し、同時に発熱する。このため、有機物や還元性物質が混在すると発火の危険性が生ずる。

(二)  神奈川県横浜水上警察が日本カーリット株式会社保土ケ谷工場において昭和四八年九月二六日に行つた高度さらし粉の感度に関する実験によれば以下のとおりの結果が得られた。落槌感度(衝撃感度)は、粉末状の高度さらし粉について六級と判定された。(落槌感度は、鉄槌を試料の上に六回落下させて一回以上の爆発を得るための落槌の高さを基準として決定され、五センチメートル未満を一級とし、その後五センチメートルごとに等級が増え、五〇センチメートル以上を八級とする。したがつて等級の低いもの程衝撃感度が強いことになる。なお、爆発の有無は爆音、煙、試料の残量、爆痕により判定され、爆音、煙を発せず、試料に変化を認めず、爆痕が布で軽くふきとれる状態の場合を不爆と称し、それ以外が爆発である。)高度さらし粉の粉末に三六キログラムの荷重をかけても爆発せず、摩擦感度は鈍感であつた。内径二七・四ミリメートル、肉厚三・五ミリメートル、長さ一三五ミリメートルの鉄管に高度さらし粉(粉末状又は粒状)を充填し、電気雷管で起爆させた結果、粒状の場合は爆発せず、粒状で伝爆薬(ペンスリット)二グラムを使用した場合は伝爆薬のみ爆発し、粉末状で伝爆薬二グラムを使用した場合一部が爆発し、粉末状で八四グラム対一六グラムの割合で砂糖を混合させた場合大部分爆発したが完爆(爆音、煙を発し、試料は完全になくなる。試験後爆痕が残り、布で軽くふいてもとれない。)ではなかつた。蒸発皿に試料約二グラムを入れ、その上部に二クロム線を置き、通電して発火するまでの時間を測定した結果、粉末状の場合局部的に急激な分解反応が見られたが発火に至らず、それに八四対一六の割合で砂糖を混合した場合通電して約一秒で紫紅色の炎を発し、爆発的に燃焼した。

(三)  横浜市消防局消防科学研究室が昭和四八年一〇月一七日と二五日に行つた高度さらし粉の感度試験によれば、粉末〇・〇六グラムの場合落槌感度五級、顆粒一グラムの場合落槌感度七級の結果が得られた。

(四)  被告日本曹達が二本木工場で行つた実験の結果は以下のとおりである。八〇キログラムの高度さらし粉を鉄板上に散布し、五〇〇キログラムの荷重を載せた鉄製の皿を固定したフォークをジープで引摺つた場合、またフォークの下に変形ドラムを挾んで引摺つた場合、更に荷重を一トンに増やして同様な実験を行つた場合、いずれも発火しなかつた。鉄板上に二〇〇ミリリットルの機械油を約一メートル間隔、約一五センチメートル幅で三か所に塗布し、その周囲に八〇キログラムの高度さらし粉を散布して荷重一トンのフォークを引摺つた場合、瞬間的に油が燃焼し始め、全面的に発火した。油の量を油布で拭いた程度にした場合、二か所から小さな火炎が生じ、熱分解が伝播していつた。鉄板上に自動車をセットし、ジャッキで後輪を少し浮かせ、車輪を高速回転させて、ジャッキを逐次下げて鉄板との摩擦圧力を増加させ、高度さらし粉を車輪下部に投入したところ、発火はしなかつた。高度さらし粉ドラム(五〇キログラム)を五本×五本の二五本ならべ、そのうち一本の蓋をはずして着火したマッチを投入し、熱分解を起こさせて伝播状況を調査したところ、急分解を起こすとドラムの蓋を吹き上げ破裂音を発し、内容物の一部を吹き上げ、ポリエチレン袋は発火した。吹き上げられた内容物が隣接のドラムを加熱し、熱分解は逐次伝播していつた。最後のドラムが爆発するまでの時間は一四分五秒であつた。高度さらし粉ドラムの上にダンネージを置き、ドラムを加熱したところ、高度さらし粉が爆発的に発火し、ダンネージが五ないし六メートル飛び上がり、一〇メートル離れたところで九〇ホーンの爆発音が聞こえた。

(五)  横浜地方海難審判庁が、昭和四九年六月二八日、被告日本曹達の二本木工場において実験した結果は以下のとおりであつた。高度さらし粉を帯状に置き、その一端にマッチを用いて点火した場合、マッチの軸(可燃物)がある部分のみ激しい赤い炎をあげるが、そこを過ぎるとあとは高度さらし粉自体の熱分解が伝播するのみであつた。同様な実験で、高度さらし粉の一部に機械油を落とした場合、マッチの軸の部分のみ赤い炎があがり、次いで高度さらし粉の熱分解が進み、その熱分解が機械油のある部分に達すると爆発的な燃焼が起つた。同様な実験で、高度さらし粉の一部に水を落した場合、マッチの軸の部分のみ赤い炎が見られ、次いで高度さらし粉の熱分解が進み、その熱分解は水を落した部分に達すると消滅し、あとには白色の固形物が残つたのみであつた。高度さらし粉一〇グラムと女神インク黄色三グラムを混合し、約七〇度で加熱した結果、加熱開始から七分五〇秒後にかなりの音を伴い爆発的に発火した。高度さらし粉一〇グラムと大日本塗料の調合ペイントさび色二グラムを混合し、約七〇度で加熱した場合は、二分五秒後三五秒かかり、全部のドラムが爆発するまでには三八五秒かかつた。高度さらし粉の入つたドラム缶(二五個)を縦横五個づつ平面に並べ、中心部のドラム缶の蓋をとり、内部の高度さらし粉に点火したところ、周囲のドラム缶に次々に着火し、ドラム缶の蓋と内容物が飛散した。

(六)  横浜国立大学教授上原陽一が高度さらし粉について行つた実験の結果は以下のとおりである。微量の試料をとり、一定速度でその温度を上昇させたときの重量の変化を調べる熱重量分析の結果によれば、昇温速度が毎分摂氏一〇度の場合、高度さらし粉は摂氏約一八〇度で急激に分解減量を行うことが認められた。試料を一定温度で加熱し、熱に対して反応しない標準物質との間の熱の出入りを測定する示差熱分析の結果によれば、昇温速度が毎分摂氏一〇度の場合、高度さらし粉が最も大きい発熱反応を起こすのは摂氏約二〇〇度であることが認められた。したがつて高度さらし粉の分解温度は摂氏約一八〇度ないし二〇〇度ということができる。ASTM法に準拠して、炉の温度を上昇または下降させながら高度さらし粉の発火温度を測定した結果、炉の温度が二二〇度で高度さらし粉は三〇ないし八〇秒の間に爆発的に分解し、二八〇度では一ないし二秒の間に分解している。ただし、高度さらし粉のみの場合は分解が起こるだけで発火はしない。これに対して有機物を混合させた場合発火するのが認められた。ポリエチレン及び真空ポンプ油を加えた高度さらし粉の発火温度は元の有機物の発火温度よりも低下している。高度さらし粉とポリエチレン粉末(五パーセント)の混合物の場合、一九〇度で一〇〇秒、二七〇度で二秒の間に発火し、高度さらし粉とポリエチレン粉末(一〇パーセント)の混合物の場合、一九〇度で一〇〇秒、二八〇度で一秒の間に発火し、高度さらし粉と真空ポンプ油の混合物の場合、二八〇度で一〇秒、四二〇度で二秒の間に発火している。高度さらし粉の落槌感度は、粉末で四級であるが、これにポリエチレン粉末を一〇パーセント(重量)添加すると三級、同じく二〇パーセント添加すると二級と、かなり鋭敏になる。摩擦による高度さらし粉の感度はドイツ材料試験所(BAM)方式で行つた。これは二・五×二・五センチメートルの磁製板の上において試料を、一定の荷重をかけた直径一センチメートル、長さ一・五センチメートルの磁器摩擦片をモーターで一センチメートルだけ往復移動させることによつて摩擦し、爆発するかどうかを見るもので、荷重は〇・五ないし三六キログラムの範囲で可変である。右テストの結果、高度さらし粉及びポリエチレンとの混合物ともに、本試験法の最重量である三六キログラムの荷重をかけても爆発には至らなかつた。しかし、真空ポンプ油との混合物は、荷重九・六キログラムで四分の一の割合で爆発している。一辺四・五センチメートル、長さ一五〇センチメートルの直角三角形の断面をもつ鋼製トレイに高度さらし粉またはこれに真空ポンプ油一〇パーセントを加えたものをならして入れ、一端から着火して火災の進行速度を測定した。高度さらし粉のみの場合は、トレイの一端に着火しても火災は生じないが、熱によつて直ちに分解を始め、停止することなく他端までゆつくりと進行した。進行速度はほぼ一定で毎分〇・一九八メートルであつた。一方真空ポンプ油を加えた混合物の場合は、一端に着火すると直ちに真赤な火炎をあげて燃焼を開始し、そのままほぼ一定の速度で他端まで移動した。火炎伝播速度は毎分一一・二五メートルで分解のみの場合の約五〇倍速くなつた。内径二三ミリメートル、長さ一二〇ミリメートル、肉厚二ミリメートルの鋼管の内部に試料をつめ、六号雷管一本で起爆させ、どの程度の破壊力を示すかを観測した。高度さらし粉のみを起爆させた場合は、管がふくれ、わずかに裂け目ができた程度である。しかし、これにポリエチレン粉末を混入すると管が裂けて開く程の威力を示した。実際の容器に模してポリエチレンシートで外部を蔽つた場合は高度さらし粉のみの場合と変わらなかつた。真空ポンプ油を添加した場合は、完全に管が裂けて平に伸ばされた。高度さらし粉と有機物の混合物は黒色火薬ないしANFO程度の危険性を有している。高度さらし粉ドラムがどのような温度条件で発火(自然発火)するかについて調べるために、市販の高度さらし粉ドラム(直径三八・二センチメートル)をコンクリートブロック造の二・五二×二・五二×二・六二メートルの部屋に入れ、室内をスチームで加熱し、所定の温度に達すればその温度を保つようにしたところ、高度さらし粉ドラムの周囲(雰囲気)温度も摂氏七五度においた場合に、実験開始から二七時間後に発火した。実験開始から発火までの過程は、当初試料温度は雰囲気温度より低いが、時間が経過するにつれて次第に追いつき、雰囲気温度を越えてからも試料温度は上昇を続け、遂には急激に立ち上がつて発火にいたる。このような内部温度の上昇は、内部における分解熱によるものであり、発火はこの分解熱の蓄積によつて高度さらし粉がその急分解温度に達したため起こるものである。市販の高度さらし粉ドラムを前記(7)と同様の部屋に入れてヒーターで加熱し、一定の温度を保ち、三時間加熱した後に発火するには何度の雰囲気温度が必要かを実験したところ、直径三八・二センチメートルの容器の場合で摂氏一二八度という数値を得た。ポリエチレン袋入り高度さらし粉のはいつたドラムの一端を加熱し、摂氏一五〇度、一八〇度、二一〇度、二二五度で五分間おいたが、いずれも発火に至らなかつた。内径八五ミリメートルの小容器に高度さらし粉をとり、五パーセントの水を添加したが、顕著な変化は見られなかつた。二パーセントの水を添加し、摂氏約九〇度で加熱したところ、三・五時間後に摂氏一二四度まで温度が上昇した。電気炉を摂氏七〇度に加熱し、一定温度に保ち、その中にルツボに入れた混合物をおき、試料内部温度を連続測定するとともに発火状況を観測したところ、高度さらし粉一〇グラムと女神インク三グラムの混合物は二分四五秒後に摂氏九二・五度で発火し、真空ポンプ油との混合物は六分二八秒後に七二・五度で発火するなど、有機物との混合物は、比較的低温で、かつ短時間に発火した。

2  高度さらし粉の危険性に対する各当事者の認識等

高度さらし粉の危険性に対する各当事者の認識等は前記認定のとおりであるが、これに関連して、〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

(一)  被告日本曹達は国内で生産される高度さらし粉の六〇パーセントを生産する国内最大のメーカーであり、輸出量に占める割合も相当高い。昭和四八年度においては、国内生産実績二万七七四三トンのうち被告日本曹達の生産量は一万七九一三トン(六五パーセント)であり、輸出実績一万四〇一九トンのうち被告日本曹達の輸出量は九一七一トン(六五パーセント)である。

(二)  本件事故以前にも、次のとおり、高度さらし粉が原因となつた疑いのある事故が発生している。

(1) 昭和三七年四月七日、被告日本曹達二本木工場において、高度さらし粉の倉庫から出火した。被告日本曹達は、高度さらし粉に異物が混入して分解、発熱したことが原因であるとし、製造工程中の異物混入原因を除去し、包装後の冷却時間を充分与えるという対策を立てた。

(2) 昭和三九年一月二二日、被告日本曹達二本木工場において、高度さらし粉の充填工場の火災事故が発生した。同被告はドラムに使用された塗料が原因で高度さらし粉ドラムが爆発したものであるとし、ドラムの検査、製品の隔離、品質検査の励行を対策として挙げている。

(3) 昭和四〇年五月一日、横浜港埠頭道路上において、高度さらし粉ドラムがフォークリフトで運搬中に突然爆発した。被告日本曹達では排気ガスによる加熱が原因であると推定し、対策として、フォークリフトの排気はドラムから一メートル以内に接触させないようにすること、内装のポリエチレン袋は分解温度を低下させるので廃止を検討することを挙げている。

(4) 昭和四八年五月二一日、奈良市立鳥見小学校において、高度さらし粉を保管していたポンプ室から発火した。被告日本曹達は、雨水の混入の可能性はあるが、原因は不明であるとした。

(5) 昭和四五年一二月一三日にストラットタルボット号において、昭和四七年二月二七日にダイナミックベンチャー号において、同年五月一八日にキャサリナウイアーズ号において、昭和四八年七月九日にマーゴ号において、同年七月末にオパテイジャ号において、いずれも航海中に、高度さらし粉の積載された船倉から出火する事故が発生した。これらの事故については、いずれも高度さらし粉が発火原因である旨の判決ないし報告書が提出されているが、被告日本曹達は、ダイナミックベンチャー号の事故を同じ積荷の硝酸アンモンからの出火が原因であるとし、ストラットタルボット号の事故を荷くずれによるものとしたほかは原因不明としている。

(三)  被告日本曹達は高度さらし粉に貼付すべきラベルとして以下のようなものを使用していた。

(1) 日本語のラベルには、「水とあつて危険」と表示があり、取扱上の注意として「火気、熱、酸、グリース類、油、ボロ布、およびその他の可燃物と直接接触させないで下さい。」と記載されている。

(2) 英文の商品ラベルには、「注意」として、「ハイクロンは強力酸化剤なので、火気、熱、酸、グリース類その他の可燃物と直接接触させないこと。ハイクロンを扱う時はタバコは吸わないこと。異質なものに汚染されると火を生じるかもしれない。フタは必ず閉めて保管すること。ドラムの中のハイクロンに湿気を帯びさせないこと。ドラムを横すべりさせたりしないこと。」と記載されている。

英文の取扱注意ラベルには、「ハイクロンは常態では安定しているが粗雑な扱いは事故を生ずる。従つて特に下記の注意に心せねばならない。ハイクロンは熱、火気、水分、酸、有機物又は油類、グリース、ペイント、希釈剤、石油、ゴム、布、ぼろ布、紙などの可燃性物質やロウを含んだ紙、丸太、タバコ、サルファー砂糖、肥料、石けん等との接触から離さなければならない。このような接触をもつと火災が起こる。」、ドラム取扱上の注意として「ハイクロン取扱中は禁煙。ハイクロンドラムにトラックの排気ガスをあててはならない。雪や雨からハイクロンドラムをカバーする。ドラムを立てておく。ドラムを落下させたりころがしてはならない。」、ハイクロン取扱上の注意として「船内でハイクロンの置かれた場所は、油、グリス、石けん、有機物、又は可燃性物質と一緒であつたか否か調べる。取扱中ハイクロンを熱してはならない。」、保管上の注意として「太陽の直射を避け、乾燥した冷所に保つ。ドラムを回転させてはならない。それらを立てておく。熱、火気、可燃物、又は他の異物から離しておく。」と記載されている。

(四)  被告日本曹達が昭和三七年に作成し関係者に配布した英文のパンフレットには、取扱上の注意として「ハイクロンは強力な酸化剤なので、ゴム、繊維製品、紙、木片及びそれに類する物質のような可燃性の物質に接触させることは、接触によつて火災発生の危険があるので避けなければならない。ハイクロンは湿気を吸収すると分解する傾向があるので、容器のふたをしつかりと閉め、暗所に貯蔵しなければならない。ハイクロンは温度が上昇すると酸素を遊離する傾向があるので高温の場所に貯蔵したり、またはそれを火気に近づけてはならない。急激な衝撃は発火または爆発の原因になることがあるので、ハイクロンを落下させたり、または不注意に取扱つたりしてはならない。」と記載されている。

また邦文のパンフレットも作成され、「取扱上の御注意」として「日曹ハイクロンは、強力酸化剤ですので、貯蔵及び取扱の際は、次の点に御注意下さい。火気、熱、酸、グリース類、油、ボロ布およびその他可燃物と直接接触させないでください。吸湿をさけるため密閉して冷暗所に貯蔵してください。日曹ハイクロンは他の物質とまぜないでください。」と記載されている。

右パンフレットは本件高度さらし粉の売主である伸和通商には配布されていた。

(五)  被告日本曹達製造の高度さらし粉のうち、伸和通商を通じて主としてタイに輸出される分については、本件事故発生まで一〇数年間ラベルを貼付しないで発送されていた。伸和通商が、タイにおいて既存の高度さらし粉の市場に参入するため、メーカー名を秘匿して売り込む方が便宜であると考え、被告日本曹達にメーカー名・ブランドを入れないよう発注したためであるが、伸和通商は、法令上要求されるラベル等の貼付は行われていたものと考えていたが、被告らは、ラベルを貼付しない旨の指示と考えていた。

(六)  被告日本曹達製造の高度さらし粉が原告エヴェレットの代理店エヴェレット汽船により輸出される場合は、被告らの乙仲(運送代理人)からエヴェレット汽船を通じ、原告鈴江組に対して危険品・有害物事前連絡表が作成、交付されている。

(1) 昭和四八年一月一三日付から同年七月四日付の危険品・有害物事前連絡表の記載は次のとおりであつた。

「危険品マーク標示」と題する欄があり、そこには標示の有無、種類を書き込むようになつており、標示の種類としては(注)として「中毒、腐食、爆発、放射能危険等」が例として掲げられているところ、いずれも記入がなされていない。「積付状態」欄には混載を認める旨の記載がある。「予防措置」欄には「固状のまま火気及び水分に接触させてはならない。中味の入つたまま缶の溶接又はハンダ付等はしてはならない。有機還元剤(油、カーボン、硫黄など)に接触させてはならない。」と記載されている。「非常応急処置」欄には「人体」につき「身体に附着すれば水洗いすれば良い。口腔より身体内に入つた時は嘔吐剤で体外に出し医師の診断を受けること。」とあるが、「貨物」については記載がない。備考として「日光の直射を避け、湿気の少ない場所を選ぶこと。」と記載されている。

(2) 本件高度さらし粉の輸出につき交付された危険品・有害物事前連絡表の記載は次のとおりであつた。

「危険品マーク標示」は「有」とされていたが、「標示の種類」は記載されていない。「混載」の可否については指示がない。「危険度」として「酸化性」と記載されている。「非常応急処置」として、「人体」につき「皮膚、衣類等に附着した場合水洗いすればよい。飲み込んだ場合タマゴ白身、ミルク加工品を飲み、嘔吐剤により外部に出すと共に医師の診断を受ける。眼に粉末が入つた場合は蒸留水又は水で充分に洗浄し医師の診断を受ける。」とあり、「貨物」につき「火災等の場合は炭酸ガス発生消火器、四塩化炭素は有効である。止むを得ない場合、大量の水で処理する。分解する場合のガス粉末については保護眼鏡、マスク程度で処理できる。」と記載されている。「取扱上の注意」として「固状のまま火気及び水分に接触させてはならない。中味の入つたまま缶の溶接、ハンダ付等は行つてはならない。有機物、還元剤、酸等と混合、接触させてはならない。取扱が良好ならば非常に安定で危険性は少ない。」と記載されている。

(七)  高度さらし粉に対する関連法規の規制は次のとおりであつた。

(1) 危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和三二年八月二〇日運輸省令第三〇号)

同規則上、高度さらし粉は、水または空気と作用して危険となる物質として危険物に指定され(二条・別表第六)、船舶によりこれが運送される場合には、荷送人に対してはその容器、包装、標札につき、船長に対してはその積載方法につき、それぞれ規制されており、容器は亜鉛内張りし、水密に密封した鋼製ドラムにすること、標札はIマークを使用すること、積載方法は甲板上カバー積載、甲板上室内積載、甲板間積載、倉内上積積載、倉内熱気隔離積載とすることとされている(六条一項・別表第六)。荷送人は、運送が国際航海にかかる場合は容器に品名を表示しなければならず(六条二項)、荷送人の氏名、名称、住所、危険物の分類、項目、品目、品名、個数、重量、容積等を記載した危険物明細表をあらかじめ船舶所有者または船長に提出しなければならないとされている(一〇条)。船長またはその職務代行者は危険物の船積、陸揚その他の荷役をする場合はこれに立会わなければならず(一一条)、船積をする際には容器、包装、標札がこの規則に適合し、かつ危険物明細書の記載事項と合致していることを確認しなければならないことになつている(一二条)。また「性質、用途及び注意事項」として「高温又は直射日光に長くさらすと、自然分解し、容器が破損するおそれがある。食品、居室その他あらゆる人工熱源より充分遠ざけること。」とされている(別表第六)。

(2) イムコ・コード

イムコ・コードはIMCO(政府間海事協議機関)が作成した統一規約である。イムコ・コードは次亜塩素酸カルシウムを酸化性物質に分類しているが、酸化性物質の性状として「このグループに属するすべての物質は火炎に包まれた際酸素を発し、そのため火勢を増大させる性質を有する。これらの物質と可燃性物質との混合物は容易に発火し、この発火現象は僅かな摩擦または衝撃によつても起こることがある。かかる混合物は爆発的な勢いで燃焼する場合もある。」とし、積付に関する注意事項として「このグループに属する物質の積込み前には、積載予定の船倉又は区画が充分清掃されていることを確認しなければならない。貨物の積付上必要としないすべての可燃物の除去については特に注意しなければならない。このグループに属する物質を揚荷した後こぼれの有無について綿密な点検を行い、もしこぼれがあれば、他の貨物を積載する前に完全に除去しなければならない。明らかな漏洩が認められる容器及び包装は船積を拒否しなければならない。」としている。また、次亜塩素酸カルシウムの性状として「強酸化物質であるから、木材、綿、わら及び植物油の様な有機物と接触すると発火することがある。」としている。

(3) ブルーブック

ブルーブックは英国における海上輸送規則であり、前記イムコ・コードを全面的に国内法に取り入れたものである。ブルーブックにも、酸化性物質の性質及び積付上の注意につき、イムコ・コードと同様の記載がある。

ブルーブック、イムコ・コードとも伸和通商は入手していたし、マノラ・エヴェレット号にも備え付けられていた。

(八)  エヴェレット汽船及び伸和通商が常備していた「五五七三の化学薬品」と題する化学辞典には、高度さらし粉の取扱注意として「固形のまま火気及び水分に接触させてはならない。加熱による分解は爆発的で酸素を放出。分解熱は相当高いため、ただちにほかに分解が伝染し、全体の分解が促進される。中味が入つたまま缶の溶接、ハンダ付などをしてはならない。有機物還元剤(油、カーボン、硫黄など)に接触させてはならない。」と記載されている。

(九)  昭和四八年四月二三日に認可・実施された船内荷役料金表によれば、危険品は甲、乙、丙の三つに分類され、甲類は火薬、爆薬等爆発性物質と毒ガス等であり、乙類は過酸化物、ベンジン、エーテル、石油、セルロイド、生石灰、油布紙等であり、丙類は甲類及び乙類に属しない汚損、危険性物質とされ、さらし粉も、樟脳、硝石、カーバイト等とともに丙類に含まれていた。積荷料金は一トン当たり、甲類が一三八七円、乙類が一〇七六円、丙類が六三四円であり、雑貨は五二五円である。

3  責任

高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウムを主成分とし、弱い塩素臭を有する白色の結晶粉末で、その純度を有効塩素量で表わし、主としてプール、浴場、上下水道及び食品飲料水工場等における殺菌消毒並びにパルプ、綿布及び洗濯工場における漂白に使用され、一般に分解温度が一五〇度ないし一八〇度といわれており、水が混入すると水和反応を起こし、発熱して温度が上昇し、機械油、グリース及びペイント等の油脂類や硫黄化合物等の還元性物質と接触することにより酸化発熱し、また、熱により急激に分解して爆発的に発火する危険性があるだけでなく、衝撃摩擦によつても同様に反応するものである。しかして、被告日本曹達において製造される高度さらし粉は、有効塩素量が七〇パーセント以上のものがハイクロンと呼称され、その五〇キログラムがポリエチレン製の袋に詰められたうえ、径三四八ミリメートル高さ五四〇ミリメートル板厚〇・七ミリメートルの鋼製ドラムに納められているが、ドラムを運搬中に転がしたり、乱暴に取扱つたりすると、ふたの固定バンドが外れたり、胴体に損傷を生じたりして、高度さらし粉が外にこぼれることがあり、また、内装に有機物であるポリエチレン袋が用いられていたので、高度さらし粉が急激に分解した場合には発火するおそれがあつた。

被告日本曹達としては、高度さらし粉の性質とくに発火の危険性について最もよく認識していたのであるから、流通経路に関与する各業者に対し、その取扱の万全が期せられるよう、火気に接触させないこと、有機物、還元剤、酸等と接触混合させないこと、直射日光を避けること、人工熱源から遠ざけること及び高度さらし粉が急激に分解した場合災害を引起こすおそれのあることを理解させるなどその危険性についての周知徹底を十分に尽すべきであつたのに、これをしていなかつた。このため、船内作業員及び輸送関係者間において、高度さらし粉の危険性が軽視され安易な取扱がなされるにいたつた。また、すでに多数の船舶において高度さらし粉による火災が発生し、尊い人命が失われ、船舶及び積荷に大きな損害が生じるなどの海難が続けて起きていたが、同社は、この種火災の原因を究明するとともに、高度さらし粉の危険性について周知徹底を尽すべき努力が十分でなかつた。被告日本曹達二本木工場においては、いつたん急激に分解すると爆発の危険が生ずるおそれのあることに対し、危険防止のための努力が十分でなかつた。昭和四一年七月被告日本曹達は、主として輸出部門を受持たせるため、子会社である被告日曹商事に貿易部を発足させ、引続いて伸和通商と高度さらし粉の取引を行わせていたところ、伸和通商からニュートラルパッキングの指定があつた場合、これをノーラベルと解し、Iマークも貼布しないものと理解していたので、高度さらし粉のドラムに一切のラベルを貼布することなく裸の姿のまま発送していた。

危険物の輸送に関係する各当事者は、通常その物質について専門的な知識が薄く、自らの調査研究によりその物質の性質及び危険性を的確に知ることが困難であるから、これを知るためには高度の知識と技術とを有するその製造者から提供される情報によらざるをえない。本件高度さらし粉は、複雑な工程を経て製造され、前示のとおり危険な特性を有する物質であるから、製造者において、本件以前に発生した多数の高度さらし粉の爆発火災事故にかんがみ、その危険性及び取扱方法についての情報の周知徹底が尽されていたならば、輸送関係各当事者は、その危険性を深く認識することができ、危険物の取扱に慎重を期し、流通経路における災害の発生を未然に防止するための適切な措置を講じえられたものと考えられる。被告らの責任は明らかである。

前記認定判断のとおり、荷役中高度さらし粉が漏出したとも考えられ、フォークリフトの運転が思うようにならず、爪によりドラムを突刺してドラム本体を破損させたか、もしくはドラムを横倒しにさせたかしたため、高度さらし粉が漏出したとも考えられる。ドラムのふたが弛緩し、雨水がドラム内に侵入しなかつたとはいい難く、したがつて、降雨の際の雨水が高度さらし粉に接触した可能性についても考えられないことはない。フォークリフトの排気ガスにより、高度さらし粉の分解を進行させるおそれもあつたことを否定できない。当時甲板上にはフォークリフトから垂れ落ちたところの油脂類が存在していた可能性もある。フォークリフトの車輪による摩擦が生じた疑いもあると考えられる。

しかしながら、本件火災は、高度さらし粉の流通経路において、その危険性及び安全な取扱方法などについての情報の周知徹底が十分に尽されず、ドラムには危険物であることを明示する標札の貼布もされていなかつたため、危険性に対する深い認識がもたれず、その結果発生したものであつて、原告らの責任を肯定することはできない。被告らは、現場作業員らが危険な作業を行つた責任、荷役作業計画作成上の過失、荷役作業監督責任、作業員指揮監督懈怠責任、安全管理体制の欠陥、高度さらし粉の危険性を知らなかつた責任、退避場所、避難用具を準備しなかつた責任を主張するが、前同様原告らの責任を肯定することはできない。分割責任、過失相殺の主張は理由がない。

なお、小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆、長岡幸重郎の遺族が原告エヴェレットとの間に示談契約を締結したことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉によれば、右遺族らは本件訴提起に当たり原告エヴェレットとの間で右示談契約を合意解約したことが認められるから、免除等の主張は理由がない。

五損害

1  原告エヴェレット 二億八一二五万二三一七円

(一)  〈証拠〉によれば、原告エヴェレットは本件事故で死亡した前記の者の遺族らとの示談契約により、同人らに合計八五〇〇万円を支払い、同人らの有する損害賠償請求権のうち右金額分につき債権譲渡を受け、右の部分を除き示談契約を合意解約したことが認められ、同人らが本件口頭弁論期日において債権譲渡の通知をしたことは当裁判所に顕著である。

(二)  〈証拠〉によれば、原告エヴェレットは代理店を通じて日本鋼管鶴見造船所に対し、マノラ・エヴェレット号の船体修理代金及び修理に伴う諸雑費として合計一億二五七〇万円を支払つたことが認められる。

(三)  〈証拠〉によれば、本件事故前後の航海についてのマノラエヴェレット号の平均収益、滞船期間を総合すると、同船の滞船損害は当初請求の一九〇四万四〇〇〇円を下らないものと認められる。

(四)  〈証拠〉によれば、原告エヴェレットが本件事故後支出した諸雑費のうちで被告らの負担すべき損害は以下のとおり合計四三五〇万八三一七円であると認められる。

(1) 消火活動費用 五〇万六三五〇円

海上から本船の火災を消火する必要があり、そのために消火用の曳船を手配したために要した費用である。

(2) 諸材料の購入費用等 二四一万五六八四円

焼失機材の代替品の購入および船倉内にたまつた消火水の排水に要した費用である。

(3) 埠頭使用料等 二一三万四九三〇円

船体修理のためドックに入るには船倉内の被害貨物を下ろす必要があつたが、本船の荷役設備は送電線焼失のため使用不能となり、別に陸上クレーン船を利用してクレーンを船に載せる必要があり、新港埠頭ではクレーン船は利用できず、やむなく、本牧埠頭に船を移動し作業を行うために要した費用である。

(4) 損害貨物の滅却費用等 一九八九万〇〇七〇円

外国貨物で火災により被害を受けた貨物は税関の指定する場所で税関吏立会のもとで地中に埋め滅却処分し、塵介等の処分もしたために要した費用である。

(5) 保管料・荷役料等 一八五六万一二八三円

クレーンを使つて下ろされた損害貨物のうち、当時倉庫が満杯状態であつたのと損害貨物ということで、貨物の検査及び処分を待つ間、一部を艀に移して倉庫代わりに使用し、残りを倉庫に入れ、併せて良品と不良品の選別作業をしたために要した費用である。

(6) なお、〈証拠〉には諸雑費の記載があるが、いずれも相当因果関係のある損害と認めるに足りる的確な証拠はない。

(五)  弁護士費用は八〇〇万円が相当である。

(六)  〈証拠〉によれば、原告エヴェレットは船体保険とPI保険に加入しており、本件事故について保険金を受領したが、それは仮払方式によりなされ、原告エヴェレットは自己の名で本件訴訟を追行することを義務づけられており、回収金を保険会社に返還することにより最終的清算が行われることになつていると認められるから、右保険金を原告エヴェレットの損害から控除するのは相当でなく、損益相殺の主張は理由がない。

2  原告細野静子 四九五万二八四三円

〈証拠〉によれば、長岡幸重郎は本件事故当時七〇歳で、年収八九万九八〇〇円であつたと認められるから生活費を二分の一、就労可能年数を五年としてホフマン係数(四・三六四)で計算すると、逸失利益は一九六万三三六三円となり、慰藉料は八〇〇万円が相当である。そして前記甲A第三七、第三八号証によれば、原告エヴェレットから示談金三〇〇万円を受領したこと、〈証拠〉によれば労働省から遺族補償一時金として一八八万四〇〇〇円、葬祭料として一二万六五二〇円が支給されていることがそれぞれ認められるから、被告らの負担すべき損害は四九五万二八四三円となる。

3  原告内外警備 五六万六一六〇円

〈証拠〉によれば、原告内外警備は、長岡幸重郎と鈴江組作業員らとの合同葬儀費用として五六万六一六〇円を支払したことが認められる。

これは損害を肩代わりしたにすぎないものであるから、被告らの負担すべきものである。以下、原告各社の同種損害についても同様である。

4  原告鈴江組 一七九六万八四六六円

〈証拠〉によれば、原告鈴江組は、合同葬儀費用として三五四万三八六六円を支払つたこと、労働協約に基づき、小野の遺族に三六四万〇二〇〇円、杉本の遺族に三〇七万五六〇〇円、須永の遺族に二四七万〇二〇〇円、高野の遺族に三一一万四六〇〇円を支払つたこと、本件事故発生による消火作業のため外部から賃借しているフローティングクレーンが不稼動となり、この間の賃料は三一万五〇〇〇円であつたこと、本件事故のため作業用荷役道具が焼失し、その金額は二〇万九〇〇〇円であつたことが認められ、弁護士費用は一六〇万円が相当であるから、一七九六万八四六六円が被告らの負担すべき損害である。

右各〈証拠〉記載のその余の損害は相当因果関係あるものと認めることはできない。

5  原告八弘組 一五九万七二〇〇円

〈証拠〉によれば、原告八弘組は合同葬儀費用として四七万〇一六〇円を支払つたこと、本件事故により同原告所有のフォークリフトが焼失し、その価額は九七万七〇四〇円であつたことが認められ、弁護士費用は一五万円が相当であるから、一五九万七二〇〇円が被告らの負担すべき損害である。

休業損は相当因果関係あるものとは認められない。

6  原告横浜企業 一六万九〇〇〇円

〈証拠〉によれば、本件事故のため原告横浜企業所有のはしけ船のシート及びロープ類及び船長の作業衣が焼損し、その価額は一四万九〇〇〇円であつたことが認められ、弁護士費用は二万円が相当であるから含めて一六万九〇〇〇円が被告らの負担すべき損害である。

休業損は、船長である原告川村十治郎の受傷によるものと考えられるから、相当因果関係あるものということはできない。

7  小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆の遺族である原告ら

〈証拠〉によれば、小野、杉本、須永、高野、林の生年月日、入社年月日、死亡時年令、死亡時職階、年収、退職金差額、受領年金は別表記載のとおりと認められ、生活費割合を三〇パーセント(林につき三分の一)としてホフマン係数を用いて計算すると、逸失利益は別表のとおりとなる。

〈証拠〉によれば昇給の蓋然性を推定することができる。

(一)  小野の遺族

小野の逸失利益は三四三四万一九四一円であるところ、慰藉料は八〇〇万円が相当である。相続額は各自一四一一万三九八〇円であるところ、〈証拠〉によれば、原告エヴェレットから各自に五三三万三三四〇円が、原告鈴江組から各自に一二一万三四〇〇円がそれぞれ支払われ、労災保険の一時金として二六七万八八〇〇円(前払一時金と葬祭料)が原告小野アヤ子に支払われており、弁護士費用は原告小野アヤ子四〇万円、原告小野弘子、同白鳥淳一各七〇万円が相当なので、結局被告の負担すべき損害は、原告小野アヤ子につき五二八万八四四〇円、原告小野弘子及び同白鳥淳一につき各請求額八一四万〇六三〇円を下らない。

(二)  杉本の遺族

杉本の逸失利益は四四二八万一九四八円であるところ、慰藉料は八〇〇万円が相当である。相続額は原告杉本マサコが一七四二万七三一五円、その余が各一一六一万八二一〇円であるところ、前掲各証拠によれば、原告エヴェレットは原告杉本マサコに七五〇万円、その余に各五〇〇万円を支払い、原告鈴江組は原告杉本マサコに三〇七万五六〇〇円を支払い、原告杉本マサコは労災保険一時金(葬祭料)として二二万三七八〇円を受領しており、弁護士費用は各六〇万円が相当である。したがつて右被告らの負担すべき損害は、原告杉本マサコにつき、七二二万七九三五円、その余が各七二一万八二一〇円である。

(三)  須永の遺族

須永の逸失利益は二五二七万二九一二円であるところ、慰藉料は八〇〇万円が相当である。各自の相続額は一一〇九万〇九七一円であるところ、前掲各証拠によれば、原告エヴェレットは原告須永ミサエに四六八万円、その余に各四六六万円を、原告鈴江組は原告須永ミサエに二四七万〇二〇〇円を支払い、原告須永ミサエは労災保険一時金として一八四万〇三一〇円を受領しており、弁護士費用は原告須永ミサエが二〇万円、その余が各六〇万円が相当である。したがつて被告らの負担すべき損害は、原告須永ミサエにつき二三〇万〇四六一円その余が各七〇三万〇九七一円である。

(四)  高野の遺族

高野の逸失利益は一六八三万六八六四円であるところ、慰藉料は八〇〇万円が相当である。相続額は各四一三万九四七七円であるところ、前掲各証拠によれば原告エヴェレットはそれぞれに二〇〇万円ずつ、支払つており、弁護士費用は各二〇万円が相当なので、被告らの負担すべき損害は各二三三万九四七七円である。

(五)  林の遺族

林の逸失利益は三〇二四万三六〇〇円であるところ、慰藉料は八〇〇万円が相当である。右原告らの相続額は一九一二万一八〇〇円であるところ、前掲各証拠によれば原告遠山恒子は労災保険金合計五二〇万九七〇〇円(前払一時金一九九万六〇〇〇円、葬祭料二一万九七〇〇円、差額一時金二九九万四〇〇〇円)、原告エヴェレットの示談金八〇〇万円を、原告林忠治は原告エヴェレットから同様に八〇〇万円をそれぞれ受領しているのでこれを控除し、弁護士費用として原告遠山恒子五〇万円、原告林忠治一一〇万円が相当であるから、結局被告らの負担すべき損害は、原告遠山恒子につき六四一万二一〇〇円、原告林忠治につき一二二二万一八〇〇円となる。

8  原告川村十治郎 四五万九六九一円

〈証拠〉によれば、原告川村は、本件事故により背部、前胸部、両上肢第三度熱傷の傷害を負い六週間の加療を要すると診断されたこと、本件事故前三か月の同原告の給与は平均月額一二万八六六六円であつたことが認められるところ、〈証拠〉によれば、同原告は、本件事故後二か月後に隣家の火災によるショックで入院し、その後労働能力を喪失したこと、同原告に対する休業補償支給は昭和四八年九月二二日から同年一一月九日まで四九日間(合計九万〇四六三円)で完結していることが認められ、これらのことからすると、同原告の逸失利益としては右四九日間の休業損害をもつて全部とすべきである。したがつて、被告の負担すべき損害は、休業損害二一万〇一五四円、慰藉料三〇万円の合計から既受領の休業補償九万〇四六三円を控除し、弁護士費用四万円を加えた四五万九六九一円である。

9  原告大成火災海上保険 一四〇万九六八一円

〈証拠〉によれば、本件事故により女神インク株式会社製造の印刷インク一〇八カートンが全焼し、原告大成火災海上保険は保険契約に基づき同貨物の損害金として一四〇万九六八一円を女神インクに支払つたことが認められる。

六以上の次第で原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二 条、九三条、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大前和俊 裁判官高橋祥子 裁判官喜多村勝德は海外出張中のため署名捺印することができない。裁判長裁判官大前和俊)

別  紙

遭難者

氏名①

逸出利益額②

原告氏名③

相続割合

法定相総額④

一時金⑤

弔意金⑥

エバレットより

受領した額⑦

慰藉料⑧

弁護士

費用⑨

(④-⑤-⑥-⑦

+⑧+⑨本件訴請求額

小野清

34341941

小野アヤ子 妻

1/3

11447313

2426800

1213400

5333340

2500000

497377

5471150

小野弘子 子

1/3

11447313

1213400

5333340

2500000

740057

8140630

白鳥淳一 子

1/3

11447313

1213400

5333340

2500000

740057

8140630

杉本直人

44281948

杉本マサコ 妻

1/3

14760649

3075600

7500000

2500000

668504

7353553

杉本由美子 子

2/9

9840432

5000000

2500000

734043

8074475

杉本和彦 子

2/9

9840432

5000000

2500000

734043

8074475

杉本政人 子

2/9

9840432

5000000

2500000

734043

8074475

須永豊

25272912

須永ミサエ 妻

1/3

8424304

1646800

2470200

4680000

3300000

292730

3220034

須永恵子 子

1/3

8424304

4660000

3300000

706430

7770734

須永健一 子

1/3

8424304

4660000

3300000

706430

7770734

高野通

16836864

高野百合子 子

1/6

2806144

2000000

2000000

280614

3086758

高野高雄 子

1/6

2806144

2000000

2000000

280614

3086758

高野道子 子

1/6

2806144

2000000

2000000

280614

3086758

高野貞枝 子

1/6

2806144

2000000

2000000

280614

3086758

林隆

30243600

遠山恒子 妻

1/2

15121800

1996000

8000000

4000000

912580

10038380

林忠治

1/2

15121800

8000000

6000000

1312180

14433980

川村十治郎

1880000

90463

1000000

280000

3069537

別表逸失利益算定表(小野清、杉本直人、須永豊、高野通、林隆)〈省略〉

年収計算根拠(小野清、杉本直人、須永豊、高野通)〈省略〉

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